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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和26年(モ)97号 判決

北海道空知郡栗沢町字美流渡

債権者

東幌内炭礦株式会社

右代表者取締役

伊賀武雄

右代理人弁護士

古荘義信

北海道空知郡栗沢町東幌内炭礦中央十六号

債務者

伊藤龍二

右代理人弁護士

杉之原舜一

右当事者間の昭和二十六年(モ)第九七号仮処分異議事件につき、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

当裁判所が、債権者債務者間の昭和二十六年(ヨ)第三三号仮処分命令申請事件につき、昭和二十六年九月十一日なした仮処分決定は、これを取消す。

債権者の本件仮処分の申請は、これを却下する。訴訟費用は、債権者の負担とする。

事実

債権者代理人は「当裁判所が、債権者債務者間の昭和二十六年(ヨ)第三三号仮処分命令申請事件につき、昭和二十六年九月十一日なした仮処分決定は、これを認可する」との判決を求め、その理由として

一、債権者は、石炭の採堀並びにその販売を業とし、従業員一千人以上を使用している会社である。

一、別紙物件目録記載の家屋は、債権者の所有に属し債権者が、その従業員に、無料で貸与使用せしめている住宅である。

一、債権者は、昭和十五年四月、債務者を従業員として雇用すると同時に、債務者との間に右家屋を、債務者が従業員として稼働する期間、無料で住宅に使用せしめるという、不確定期限附使用貸借を結んで貸与し債務者は、爾来その家族と共に、該家屋に居住して来た。

一、しかるところ、債権者は、事業上の都合により、債務者を解雇することとなり、昭和二十五年十月十七日債務者及び債務者の所属する東幌内炭礦労働組合に対し、解雇の承認を求めたところ、右労働組合は、同月二十日組合大会の決議により、同月十七日に遡つて、債務者を解雇することを承認した。債務者自身は、解雇を承認する旨の明示の意思表示をしなかつたが、組合員は、その所属する組合の決議に拘束されるから、組合が、解雇を承認した以上債務者の意思如何に拘らず、債権者債務者間における労働契約の合意解約があつたものということができる。仮に、右主張が採用し難いとしても、債務者は、同年十月二十日開催された前記組合大会において、自己の進退を組合に一任することを、暗默のうちに承認したのであつて、即ち暗默のうちに解雇承認に関する代理権の授与があつたものと認めることができる。さればこそ、その後債務者は、右労働組合より、二万円の退職慰労金を受領しているのである。故に、右組合は、債務者を代理して、解雇を承認したことになり、結局債権者債務者間における労働契約の合意解約があつたものということができる。

一、以上いずれの理由によるも、債務者は、昭和二十五年十月十七日、債権者の従業員たる地位を失つたことになるから、右家屋の使用貸借は、期限の到来により終了し、債務者は、同日以後右家屋を明渡すべき義務がある。

しかるに、債務者は、債権者より、しばしば右社宅の明渡しを求められ、殊に昭和二十六年七月五日には、書面により、その明渡しを督促されたに拘らず、頑として応じない。明渡しに応じない真意は不明であるが、債務者は、転居先がなくて明渡しに応じないのではなく、日本共産党美流渡細胞の拠点として、債権者の社宅を利用せんとしておるものと思われる。

一、債権者は、債務者を相手取り、家屋明渡請求の訴を提起すべく、準備中であるが、左の理由により、明渡断行の仮処分を求める必要がある。即ち

(1)、債務者は、日本共産党員であつて、債権者の従業員として在籍していた当時より、一般従業員に対し、煽動的言辞を弄して、共産主義を宣伝し、企業の正常な運営を阻害し、重要産業の経営者たる債権者の国家的使命を、妨害していたが、退職後も、かかる宣伝に狂奔している。債権者は、退職者たる債務者が、債権者の社宅を無料で使用しつつ、かかる不都合な宣伝をする拠点として、債権者の社宅を利用しておるのを默認することはできない。

(2)、債権者は、福利厚生施設の一端として簡易廉売規定なる内規を定め、その規定に基き、許可を受けた者が、会社用地内で、物品の販売をすることを許容しているが、衞生、盗難等の点を慮り、許可を受けない者が、行商をすることは、厳禁している。しかるに、債務者は、本件家屋に居住しているのを利用し、会社用地内において、無許可で行商し、秩序を乱している。

(3)、債権者においては、社宅が不足し、徒業員にして、なおかつ社宅の貸与を受け得ないものが多数あるから退職者の居住する社宅は一日も早く明渡して貰わねばならない。

と述べ

疏明として甲第一、二号証第三号証の一ないし五、第四、五号証、第七号証の一、二、第八、九号証、第十号証の一ないし五、第十一、第十二号証を提出し、証人今井義明、千葉正二、松代末治、佐藤秀三郎の訊問を求めた。

債務者代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として債権者代理人主張の事実中、

一、債権者が、石炭の採掘並びにその販売を業とし従業員一千人以上を使用している会社である事実

一、別紙物件目録記載の家屋が、債権者の所有に属し、債権者従業員の住宅として、貸与されていた事実

一、債務者が、昭和十五年四月、債権者に雇用されると同時に右家屋の貸与を受け、爾来家族と共に居住して来た事実

一、債権者より、本件家屋の明渡しを請求され、昭和二十六年七月五日、書面をもつて明渡を督促された事実

一、債務者が、日本共産党員であり、党活動をした事実は認めるが、その余の事実は、すべて否認する。

一、債権者の従業員であつて、社宅の貸与を受けていない者は、住宅手当を受けている。この点より考えても本件社宅は、労働の対価の一部たる現物給与の一種とも解し償られるのであつて、使用貸借にもとづき、無料で貸与されているのではない。故に、賃貸借契約に準ずる有償契約であり且つ期限の定めなく貸与されたものである。

一、債権者代理人は、債務者の所属している労働組合が、債務者の解雇を承認した以上、団体規約上、当然債務者の承認があつたことになり、従つて、債務者は、昭和二十四年十月十七日限り、債権者の従業員たる地位を失つたことになると主張するがかかる主張は暴論である。

一、債務者は、終始債権者の正当の理由なき一方的解雇が、無効であることを主張しつづけておる者である。故に、債権者代理人の主張する如く、前記組合大会において、自己の進退を組合に一任し、解雇承認に関する代理権を、組合に授与するはずがない。

一、かりに、解雇が有効であるとしても、本件の如く、家屋明渡しの仮処分を申請することは、債権者の権利執行を保全するに必要な範囲を逸脱するものであつて、違法である。

と述べ

甲号証中第三号証の一ないし五、第四、五号証、第十号証の一ないし五、第十一号証の成立は不知、第八号証の成立は否認すると述べ爾余の甲号各証の成立を認め、甲第十二号証を利益に援用した。

理由

債権者が、石炭の採掘並びにその販売を業とし、従業員一千人以上を使用している会社である事実、別紙物件目録記載の家屋が、債権者の所有に属する事実、債務者は、昭和十五年四月、債権者の従業員として雇用されると同時に、右家屋の貸与を受け、爾後家族と共に、該家屋に居住して来た事実は、当事間に争いがない。しかして、証人佐藤秀三郎の証言によれば、債権者は、債務者を雇用すると同時に、右に家屋を、住宅として無債貸与したが、その際債務者との間に、従来の例に従う暗默の合意により、債務者が、債権者の従業員として稼働する間に限り貸与し、従業員たる地位を失えば、直ちに明渡すという不確定期限使用貸借を結んで、貸与したものであることが、一応認められる。

よつて、債務者が債権者の従業員たる地位を失い、従つて、前記使用貸借の終了期限が到来したか否かについて考えてみるに、成立に争いのない甲第一号、第七号証の一、二、証人佐藤秀三郎の証言により真正に成立したと認められる、甲第十一号証に同証人の証言を総合すれば債権者は、己むを得ない事業上の都合により昭和二十五年十月十七日限り、債務者を解雇することとし、同日附書面をもつて、債務者宛に解雇議告を発し、該書面は、その頃債務者に到達した事実及び債務者の所属する東幌内炭礦労働組合と債権者との間には、予て、従業員の採用、解雇等については両者誠意をもつて協議妥結するとの覚書が交換されていたので、該覚書の趣旨に則り、債権者は、右組合に対し、債務者ら十五名の解雇につき、同意を求め、団体交渉を重ねた結果、右組合は、同年十月三十日の組合大会において、債務者ら十四名の解雇に同意を与える決議をなし、即日債権者に対し、その旨の回答がなされた事実を、認めることができる。

債権者代理人は、前記組合の同意があつた以上、債務者の意思如何に拘らず、有効に債権者、債務者間の労働契約の合意解約がなされたことになると主張するが、債務者が、解雇を承認しない以上、たとえ、その所属する組合が、解雇に同意しても、債権者債務者間における労働契約の合意解約があつたものとは解し難い。更に、債権者代理人は、かりに、右の主張が採用し難いとしても債務者は、前記組合大会において、自己の進退を、組合に一任することを暗默のうちに承認し、解雇承認に関する代理権を授与したから、結局有効な合意解約があつたことになると主張するが、債権者代理人の提出した全疎明によるも、かかる代理権の授与のあつた事実は認め難い。却つて、成立に争いのない甲第十二号証によれば、債務者は、本件解雇が、無効であることを主張し、債権者の提供した退職金及び退職慰労金の受領を、拒否しておることが認められる。もつとも、証人佐藤秀三郎の証言により真正に成立したと認められる甲第八号証によれば債務者は、昭和二十五年十一月十二日、前記組合より、慰労金二万円を受領しておる事実が認められるが、該疎明をもつてしても、末だ債務者が解雇承認に関する代理権を、右組合に授与し、組合が、債務者の代理人として、解雇を承認したものと推認するには不充分である。

しからば、債権者が、他に有効な解雇原因の存することを主張、立証しない限り、債務者か債権者の従業員たる地位を失つたものとは認め難く、債務者が、適法に債権者の従業員たる地位を失つたことを前提とする本件仮処分の申請は、爾余の判断をなすまでもなく、理由のないことが明らかであるから、先になした本件仮処分決定を取消し、債権者の本件仮処分の申請を却下する。尚、民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、訴訟費用は、債権者の負担とする。

(裁判官 雨村是夫)

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